奈教ゼミが授業の進度より生徒の理解を大切にする理由
小学1年生が「3+4=7」を学ぶ場面を考えてみてください。
「3+4=7です。覚えましょう。」「問題を解きましょう。」「次回テストです。」
これなら、授業はすぐに先へ進めます。
もう少し丁寧にするなら、先生がおはじきやタイルを黒板で動かして、
「3個と4個を合わせると7個になるね。」
と説明することもできます。
でも、先生が分かりやすく説明しただけでは、生徒自身が分かったとは限りません。
大切なのは、生徒自身がおはじきやタイルを動かし、3や4や7を「かたまり」としてつかむことです。
3と4を合わせて7を作ったり、7を5と2に分けたりする。
自分の手と頭を使って、
「ああ、3と4を合わせたものが7なんだ」「7は5と2に分けられるんだ」
とつかむ。
時間はかかります。
しかし、この経験によって「数を合わせる・分ける」という見方が身につき、それがやがて繰り上がりの足し算にもつながっていきます。
中学生になっても、学び方の本質は変わりません。
一次関数でも、
「y=ax+bの aが傾きです。覚えましょう。」「では、問題を解きましょう。」「次回テストです。」
なら、数十秒で終わります。
先生がグラフを書いて、
「右に1進むと上に2進む。傾きは2ですね。式の aも2ですね。だから aが傾きです。」
と説明すれば、もう少し分かりやすくなります。
でも、奈良教育ゼミナールでは、そこで終わらせません。
表を見て、xが1増えたときに yがいくつ増えているのかを生徒自身が確かめる。
グラフで、右に1進んだときにどれだけ上下するのかを見る。
さらに式と比べて、
「この増え方が、式のaで、グラフの傾きと一致するのか。」
と自分でつなげていく。
教師が答えを先に説明するのではなく、教師が導きながら、生徒自身が手と頭を動かして確かめていきます。
こうして学ぶから、時間はかかります。派手な進度にはなりません。
私は、授業でどこまで進んだかよりも、生徒の中に何が残ったかを大切にしています。
先へ進むために、分かったことにするのではない。
分かるために、必要なところでは立ち止まる。
分かるために、必要なところでは立ち止まる。
それが、奈良教育ゼミナールが「あえて速く進みすぎない」理由です。